第5回に引き続き、河内大和のスペシャルインタビューをお届けします! 今回は、シャイロックの人間像や、シャイロックを演じるとはいかなることか?というテーマにより深く迫りました。
―― 河内さん演じるユダヤ人、シャイロックについては、どんなことを感じながらいま稽古を行っているのでしょうか?
ユダヤ人を演じるにあたって、自分がユダヤ人じゃないというハンデは、逆にいいチャンスだと思うようにしてます。ユダヤ人でないからこそ、シャイロックという人物をよりシャイロックらしく造形できることもあるのではないかと思う。それが演劇の力ですから。一つ言えるのは、ユダヤ人に対する尊敬と敬意を持って、彼らが辿ってきた歴史を識ること、理解しようと努力し続けること。ちゃんとそういうことを積み重ねていくと、台詞一つ一つの言葉の重心がだんだん下にさがっていく感覚があるんです。
「豚肉を食べない」といった、自分たちには簡単に想像のつかない文化や歴史に対しても、安易にやっていたらものすごく失礼なことになるし、罪だとすら思う。じゃあ、そういったことを"表現"にするには一体どんなプロセスを踏んで辿り着けばいいのか、現段階では悩みに悩んでます(笑)。
―― 作中ではたくさんの信頼と友情に囲まれている(ように見える?)アントーニオに対し、シャイロックは憎まれ、疎まれている存在。でも戯曲を読み、上演を観るとそんなシャイロックが非常に魅力的な人物に見えてきます。
シャイロックの言っていることは、いちいち心に刺さるんです。あまりにも現実的で、今まさにこの世界に生きてる人が言ってるような…人種間の問題だけじゃなく、金持ちや貧乏人、男と女、他にも色々、世界中のどこにでもある普遍的な問いがストレートに投げかけられる。
シャイロックの嘆きと怒りと痛みはあまりにも正当なものだから…。シャイロックは自分の歴史だけじゃなく、ユダヤ人の歴史を、民族の歴史を背負って生きている。ここまで民族そのものを背負っている人物は、シェイクスピア作品でも他にあまりいないんじゃないかな。だからこそ、どの国の人が観ても、老若男女問わず、シャイロックが言っていることに対して感じるものが多いはず。言葉も行動もスケールが非常に大きくて、時に愛嬌のある一面や優しさを感じさせる場面もある。だからこそ「ヴェニスの商人」といえばシャイロック、と言われるんじゃないでしょうか。
―― シャイロックという存在が「ヴェニスの商人」のテーマを非常に奥深いものにしているんですね。
シェイクスピアの面白いところは、重く深刻な問題も、時に軽快に、時にゲームのように、コロコロと転がしていくところだと思うんですよね。この作品の場合、「恋」が物語を前へ前へと押し進めていく。まるで、そんな解決しない問題にいつまでも停止してないで前へ進もうじゃないか、って言わんばかりに。
バサーニオやロレンゾーたち恋する者の疾走感、ポーシャのもとに集まってくる求婚者たちのエネルギー、そして人を動かすポーシャの大きな求心力。あまりに重要な裁判に男装したポーシャが堂々と乗り込み軽快に裁いていくところなんかは、愛と真理と遊びの悪ノリが共存してて、シェイクスピアは一体どんなテンションで書いたんだろう、って笑けてくる。
最後には、一応、勧善懲悪のような感じでシャイロックはやりこめられてしまうのだけれど、それでよし、という風に描かれていないのも面白い。共演者のデイビッドさんが言ってたんだけど、最初、登場人物のみんなは集団だとかペアだとかの印象が強いけど、最終的にはみんな個人になってるって。結婚してめでたしめでたしじゃない、あるシコリを残して終わる。ロレンゾーとジェシカだってそう。アントーニオの憂鬱も終わった訳じゃない。裁判の場面でポーシャは慈悲の大切さを説くけれど、それは一体誰の心に響いたのか?「ヴェニスの商人」には複雑に絡み合った現実が多面的に描かれていて、物や人の価値を秤にかけてるようなところもある。とっても奥深い作品ですね。
―― シャイロックという人間を、今回どんな風にとらえ、演じているのでしょうか?
非常に力強く生きている人ですね。もしかしたら、アントーニオと同じ憂鬱というものを抱えているのかもしれないけど、憂鬱の扱い方が違う。彼が「悪魔」と呼ばれているのも、ユダヤ人だからという理由以上に、他の人間たちにはない膨大なエネルギーと、人間的な弱さをはね除けようとする尋常じゃない活力にあるんじゃないでしょうか。人間は負の感情を注がれると歪んでいくものだけど、シャイロックの歪み方には、強さを感じるんですよね。
―― 登場人物たちが、心に秘めた葛藤や、心の中に堆積していたものを曝け出すシーンも克明に描かれていますね。
きっと、誰しもが心の内にマグマのようなものを抱えていて、それが何かのきっかけで一気に噴き出して壊れてしまうことがある。でも、自分が抱えているものを、世界に向けて代弁してくれる人が、たった一人いるだけで、すーっと収まることがあるじゃないですか?シャイロックだけじゃなく他の登場人物たちも、それらを演じる役者ひとりひとり、「代弁者」たる役目を背負っている。大きな大きな責任がある。この作品では特にシャイロックがそうで、だから大変なんだけど、それこそがシャイロックを演じる醍醐味でもあるんですよね。
―― ありがとうございました!
2018.11.24 Sat.
河内大和(こうち・やまと)
1978年山口県出身。カクシンハンほか多くの舞台でシェイクスピア作品のタイトルロールを多数演じるほか、現代戯曲を扱ったストレートプレイや身体を駆使したパフォーマンスなど様々なジャンルの舞台で幅広く活躍する。
カクシンハンPOCKET09
「ヴェニスの商人」
2018年
11月28日 (水)〜12月2日 (日)
原宿VACANT
(渋谷区神宮前3-20-13)
演出:木村龍之介
翻訳:松岡和子
作:シェイクスピア
出演:
河内大和
真以美
岩崎MARK雄大
(以上、カクシンハン)
石毛翔弥(スターダストプロモーション)
鈴木真之介(PAPALUWA/さいたまネクスト・シアター)
白倉裕二
室岡佑哉(仕事)
David John Taylor
一般自由席4,200円 + 1 drink
U22チケット3,000円 + 1 drink
(全席自由・税込)
チケットは
10月7日(日)より発売中です。